息子の父親である元旦那は病気と闘う息子を見放して捨てた糞野郎だった。
息子の病気が判明するまでは、可愛い可愛いとしつこいくらい構っていたくせに、癌とわかると「ふざけんなよ」と離婚届けを叩きつけて義実家に帰ってしまった。
義実家は口を揃えて「息子が癌になったのは、嫁の陰気なオーラのせい。いつもいつも俯きやがって。こんなんじゃ元気な子は育たない」と詰ってくる。
私が俯くのはお前らのせいだ。不必要に我が家に凸して不平不満を言い、散々食い散らかしてようやく帰る。
旦那は常に義実家の味方だった。それでも私は息子の為だと無理矢理笑顔を作って家事育児をこなしてきた。
元旦那は見舞いにすらこない。
来るのは私の両親だけ。両親は「離婚して戻っておいで。もう我慢しなくていい。息子ちゃんは私達で支えよう」と言ってくれた。
離婚の際、元旦那は提示した額よりも多めの慰謝料を寄越した。
「曲がりなりにもアレは俺の息子。せめてもの情けだ。多めにやったんだから絶対にこちらに関わってこないように」だって。
結局息子は死んでしまった。
私はぽっかり胸に穴が空いてしまって、鬱状態に。
息子が生きていたら買ってあげていただろう玩具やランドセルを揃え、仕事と自宅を行き来する生活を、息子が二十歳になる年まで続けてた。
そんな私を支えてくれたのが同い年の課長だった。彼は片足が義足の人。子供の頃に事故で両親兄弟、足を失った人だった。
ただただ一緒に食事に行ったりしているだけ。
息子が二十歳になる年、息子のスーツを買って部屋に置いた。ふと部屋を見渡してみると、ランドセルやら学ランやらがありとあらゆる所に溢れかえってた。
こんな事をしても息子はかえってこないのにねと課長に話したら、
「僕が口出ししていいのかわからないけど。息子さんは生きていたら二十歳なんだよね。そのスーツを機に用品を買うのを終わりにしたら?
もう息子さんは大人だ。ひとり立ちするんだ。心配症なお母さんを心配していつまでも成仏できないよ。」
「もう僕も君も人生の折り返し地点だ。君自身の幸せを考えてもいいんじゃない?」と言われた。
もう涙が止まらなかったよ。
その一週間後くらいに課長から「一緒に幸せにならないか」と言われた。
50間近にして2度目の結婚。
課長と夫婦になって今年で3年目。今はのほほんと穏やかに二人で暮らしている。
一人でコツコツと息子さんのものを揃えてたんだね…
そうせざるを得なかった気持ちを想像すると涙が出る
いままでお疲れ様でした
課長さん、素敵な人だね
これからたくさんの楽しみと幸せがあなたに訪れますように
引用元: ・今までにあった修羅場を語れ【その5】
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